はじめに 🌱
お久しぶりです。
投稿がずいぶん空いてしまいました💦
先日、あるイベントへの参加準備をしている中で、考えさせられる出来事がありました。
最初は何となくモヤモヤしていました。🤔
「なぜ相談してくれなかったのだろう」
そんな気持ちが頭の中をぐるぐる回っていました。
でも、自分の気持ちを丁寧に振り返ってみると、そのモヤモヤの奥には別の思いがあることに気づきました。
今日は、その出来事を通して改めて考えた「意思決定支援」_本人の意思を大切にすることについて書いてみたいと思います。
楽しみにしていたイベント 🏃♀️✨
私は、ある知人と一緒にマラソンイベントへ参加する予定でした。
その方には障害がありますが、今回の記事でお伝えしたいのは障害の有無ではなく、「本人の意思を大切にすること」についてです。
そのイベントには仮装を楽しめる企画もあり、本人が大好きなキャラクターをイメージした衣装を準備していました。
普段、その衣装を着る機会はほとんどありません。
だから私は、この機会に思い切りそのキャラクターになりきってほしいと思っていました。
参加者から声をかけてもらったり、一緒に写真を撮ったり、ゴールしたときに達成感を味わったり。📸
そんな特別な体験ができたら素敵だな、と楽しみにしていたのです。
予定変更が決まった 😢
ところが、その後、暑さや安全面への配慮から、準備していた衣装とは別の衣装で参加する方向で話が進んでいることを知りました。
もちろん、安全を考えることはとても大切です。
私自身も、真夏のイベントである以上、熱中症などのリスクについては気になっていました。
ただ、その検討は私の知らないところで進んでいました。
後から聞くと、本人を支える周囲の人たちの間で話し合いが行われていたようでした。
私は、その話し合いに加わっていませんでした。
そのことを知ったとき、
「なぜ私には相談してくれなかったのだろう」
という寂しさを感じました。
私はこのイベントへの参加を提案し、本人に楽しんでもらいたいと思って準備を進めていました。
だからこそ、その時は少し悲しい気持ちになったのです。
ただ、その頃の私はまだ、自分が本当に引っかかっていることに気づいていませんでした。
本当に悲しかったこと 💭
しかし、時間が経って気持ちを整理していくうちに、自分が本当に悲しかったのは、相談されなかったことではないと気づきました。
もちろん、相談してもらえなかったことへの寂しさはありました。
でも、それ以上に私が残念だったのは、
「本人が楽しみにしていたかもしれない機会が失われてしまったこと」だったのです。
私は、その人が好きなものを通して輝く姿を見たかった。✨
普段はなかなかできない体験をして、自分の好きな世界を思い切り楽しんでほしかった。
参加者から声をかけられたり、一緒に写真を撮ったり、ゴールしたときに達成感を味わったり。
そんな一日になったらいいなと思っていました。
だからこそ、私は「暑いから無理」とすぐに結論を出すのではなく、
「どうしたら実現できるだろう」
を本人と一緒に考えたかったのです。
例えば、
- 着る時間を短くする。
- スタートやゴールのときだけ着る。
- 写真撮影だけ楽しむ。
- 衣装を涼しく改造する。
- 冷感インナーや保冷剤を活用する。
実際に実現できたかどうかは分かりません。
検討した結果、やはり難しいという結論になったかもしれません。
それでも私は、まず本人と一緒に
「どうしたらできるだろう」
を考えてみたかったのです。
なぜなら、このイベントで私が大切にしたかったのは、マラソンを完走することそのものではなく、
本人が好きなことを通して、自分らしく輝ける時間を一緒につくることだったからです。
思い出した言葉_意思決定支援という視点🌈
そんなことを考えているうちに、私の頭に浮かんだ言葉がありました。
“Nothing About Us Without Us”
「私たちのことを、私たち抜きで決めないで」
障害者権利条約や意思決定支援の考え方ともつながる言葉です。
この言葉を思い出したとき、私が感じていたモヤモヤの正体が少し見えた気がしました。
本人の人生の主人公は本人。🌟
周囲が良かれと思って決めることと、本人の意思を尊重することは、必ずしも同じではありません。
私が大切にしたい支援 🤝
私は精神保健福祉士として学ぶ中で、
自己決定、権利擁護、エンパワメントの大切さを学びました。
資格取得のための勉強をしていた頃は、試験に合格するための知識として覚えていた部分もあったと思います。
しかし今振り返ると、それらは単なる知識ではなく、自分自身の価値観になっているように感じます。
私は、障害がある人もない人も、自分の人生の主人公であってほしいと思っています。
そして、その人らしい選択や挑戦ができる機会を持ってほしいとも思っています。
支援というと、
「危ないからやめましょう」
「失敗しない方法を選びましょう」
という関わりをイメージすることがあります。
もちろん、安全への配慮はとても大切です。
けれど私は、それだけが支援ではないと思っています。
本当に大切なのは、
「どうしたら本人の希望を安全に実現できるだろう」
を一緒に考えることではないでしょうか。🍀
本人の希望と安全は、本来対立するものではありません。
本人がやりたいことを尊重しながら、安全に実現する方法を探していく。
その過程こそが支援なのだと思います。
時にはうまくいかないこともあるでしょう。
それでも、最初から「できない」と決めるのではなく、
「どうしたらできるだろう」
という視点を持ち続けたい。
今回の出来事を通して、私は改めてそう感じました。
おわりに 🌸
障害があっても、
自分の好きなことを楽しみ、
挑戦し、
人生の主人公として輝く機会を持ってほしい。
私は、そのような機会を増やしていくことが、自己肯定感や自己効力感を育むことにつながると思っています。
そして、それは誰かが与えるものではなく、本人が選び、挑戦し、達成する経験の中で育まれていくものではないでしょうか。
だから私は、「支援する側」と「支援される側」という関係だけではなく、一人の人として、その願いや挑戦に寄り添いたいと思っています。
本人の願いを代わりに決めるのではなく、
「どうしたら実現できるだろう」
を一緒に考える。
そして、できた喜びも、うまくいかなかった悔しさも、一緒に分かち合う。
そんな関わりを大切にしていきたいと思っています。
今回の出来事は、私自身が大切にしている価値観を改めて見つめ直す機会になりました。
これからも私は、
「どうしたらできるだろう」
を一緒に考え続ける人でありたいと思います。
日々の出来事を書くことが多いこのブログですが、今回は少し違う話を書いてみました。
けれど、この出来事は私の心を大きく動かし、自分が大切にしている価値観を改めて見つめ直すきっかけになりました。🌱
記録として、ここに残しておきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました😊
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